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あの頃、恩師達は絵画だった

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ここのところ、週末、子供が寝静まってから、指導者仲間やソフトテニス同志達とzoomで語り合っている。


ドリンク持ち込み可の緩い会だけれど、だからこそ中身が深まったりする。話題はといえば、指導論やチームの色々、現在・未来のソフトテニス界について、などなど。時々世間話を交えながら日にちが変わるまで話し込んでしまう。

ある日の zoom でこんな話題になった。『指導者の選手に対する関わり方』について。

指導者自身の名誉欲を満たすための指導は論外だが、いわゆる『教え過ぎている』と言われたりするケースも。

『すべてが自分が偉そうにしたいがためのそれではなく選手に対する愛ゆえに』な場合が多いねと。

「もし、その選手が次の所属へとステージを変え、伸び悩んだり、挫折したように見えるのであれば、それは愛情を欲している姿なのではないかな」と。

どこに所属していようとも、選手は競技生活の中で小さい大きいはあるにしても、調子の波はやってくる。それは努力の量と関係なくやってくると思う。選手を愛する指導者は肩を落とす選手を励まし、諭し、立ち直らせる。時に厳しい言葉を投げかけようと選手はいずれその愛情を理解し、信頼する。その関係はより深いものとなって、その信用や感謝は頑張る起爆剤になる。

その指導者から離れ、所属が移っても、そう簡単に指導してもらったことを忘れるはずがない。『高める』ということに対するノウハウも頭の中には入っているはずだ。

「では、なぜ、頑張れなくなるのだろうね」と。

「愛でしょ。何が無くなったかと言えば愛やな」。人は愛してほしい、認められたい、必要とされたいと考える。それはすごいエネルギーになり、立ち上がるための起爆剤にもなる。

愛してもらった記憶が大きいほど、側にいなくなった時の失望は大きい。踏ん張りどころ、頑張りどころで、踏ん張れない、頑張れないのだ。

自分達はどうやって育ってきたっけ

「じゃあ、自分達はどうだったんだろ?」「うーん、愛情はもらってたな」「それはね」

そのzoomメンバーは長くソフトテニスを続け、嫌いになることなくずっとソフトテニスが好きだ。その気持ちを持ったまま、今は指導者になっている。

その私達の根本も指導者の愛情にあるのだろうけど、みんなたまたま『手取り足取り』教えてもらった経験はなかった。

「いわゆる伸び代を置いておくとかかな。」「考える力、探求心とかはついたよな。」みんな当時を思い浮かべた。

「今思うに、先生は『絵画』だった。」

私はそう思う。私の恩師は多くは語らなかった。まるで1枚の絵のようだった。その絵をみて、「笑ってる?」「考えてる?」「どう思ってる?」自分達で1枚の絵から何かを感じとっていった。それは技術だけではなく、絵そのものが放つ品格なども同じだった。

「昔、名画はいくつもあったね」

多くは語らない、けれど、何も伝えないわけではない。選手が感じとるのだ。

話も終わる頃になり1人が「俺はその絵にぶちギレられたことがある、ほんとミスばっかりして。」と言った。

「その時ついに絵が動いた!!!」

みんなで大笑いした。